森の木

プロフィール

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田村 竜治  

1970年生まれ。

​心体環境コンサルタント。

RYUJI TAMURA

現在まで

僕には、3冊の著書(電子書籍)があります。

その3冊のうち、最初の著書の「はじめに」は、プロフィールとして書いた側面があります。

そこからの引用も少ししながら、自己紹介をさせていただきます。

(ここから)

 

それは、一瞬の出来事でした。

夜も深夜へと差し掛かろうという時間帯に、歩道を歩いている僕の両脚を後ろから何かがなぎ払い、僕はその瞬間に意識を失っていました。

気づいた時には、僕は夜空を見上げる姿勢で路上に寝かされていました。

たくさんの人が僕を見下ろしていましたが、僕ななぜ、こんなにたくさんの人が僕を見ているのか、さっぱり理解できませんでした。

起きようという気になっ起きてみると、すぐ近くには救急車と救急隊員と思われる方々が数名いて、僕を不思議そうに見つめます。

ふと、自分の着ている服に何かついているのかと思い見てみると…大量の血がベッタリとついていました。

さっきまで横たわっていた道路にも、大量の血の跡。

そこに至ってようやく、「事故に遭ったのは…僕なんだ」と、なんとなく理解したことを今でも覚えています。

どうやら、道に止まったスクーターを泥酔した運転者が撥ね、その撥ねたスクーターが道を歩いていた僕の両脚を後ろからなぎ払ったのです。

それにより、無防備なままアスファルトに後頭部を打ちつけ、一瞬のうちに気絶したということのようでした。

今考えても、気づいてすぐにスクッと立てたのは不思議ですし、何より生きているのが不思議です。

ある人はこの話をすると、「あなたは、一度死んだのです」と言いました。

僕は、そう言われたその瞬間、心の奥で深く納得しました。

この事故は、僕が20歳の時におきた出来事でした。

それから6年後には、整体施術で独立開業することになります。

初め身体構造的な歪みを直すだけでしたが、時代が進み、人に現れる身体症状、不調の質、種類の多様さに対応すべく、気、催眠、心理学、エネルギー心理学、ハンドヒーリング…などを多種多様に学びました。

自己修練のために武術やヨーガ、瞑想なども学び、導かれるかのように仏教や密教の教えにも触れ、縁あって神職の資格も取得しました。

現在は、「心体環境コンサルタント」と名乗っています。

​整体施術、エネルギーワーク、心理カウンセリング、催眠…などのすべての要素が一体化し、なおかつ対疾病、対不調、対問題という対立構造でそれらの相談には臨まないという独自のスタンスのため、「コンサルタント」という肩書きを選びました。

研鑽

どのようなことも起きるべくして起きます。

一般的な肩こり、胃痛、頭痛、背中の痛み、四十・五十肩、ギックリ腰、腎臓、喘息、長年のアレルギー、膠原病…などなど。

精神的な面では、パニック、トラウマ、心的外傷後ストレス障害、虐待、いじめ、アディクション(嗜癖行動)などなど。

これらを、それぞれ腰なら腰、頭痛なら頭痛と個別に分析、細分化して症状の原因を追及する、というのが今の西洋科学、そして医療の見方。

そうではなく、原因をひとつに求めていく方向でなく、体質傾向などより全体的な中で「証」を決めていくのが東洋哲学、そして東洋的医療。

僕の場合は、症状の原因は特に求めない(重視しないわけではない)ですし、体質傾向なども考慮しつつ、どちらかといえば体に起きていることはすべてその方の人生の中で起きたひとつの現れ、表現と観ます。

そして、それが起きるには起きるなりの様々な「条件」が重なっていて、その奥にある心の流れに意識を向けます。

これは、風邪や肩こりのようなことであろうと、お金や恋愛の悩みのようなことであろうと、僕に起きたような、まったく本人が意図しない不慮の事故のようなことであろうとその原則は変わりません。

つまるところ、行き詰まりや葛藤、どう生きていきたいのか、そして何が問題になっているのかなどは、職業や時代なども関係なく、人間である限りは普遍的で変わることはありません。

その普遍なる営みに目を向けていくことで、技法自体はドンドンとシンプルになっていきました。

「シンプルさは、究極の洗練である」

レオナルド・ダ・ヴィンチのものとされる言葉ですが、この言葉は大変に沁みるものがあります。

​(ここまで)

錯覚

インフォメーション(情報)の領域。

物質としての肉体を構成するには、肉体として形成される以前の領域の「情報」のあり方が大切です。

このあたりの先進国はドイツやロシアなどですが、すでに物質の最小単位である量子領域へのアプローチが確立されています。

周波数の調整は、日進月歩です。

日本においては、西洋医療からではなく民間レベルから世の中に広がっていくことになるでしょう。

あちこちの利権や医療側の都合に左右されない形で、普及していけばいいなとは思っています。

『心体環境調整』というのは、最初からこの領域(インフォメーション)を意図しています。

体(肉体)という目に見える媒体を介して、目に見えないあらゆる領域が現象化していく。

それは逆にいえば、現象が変われば、目に見えない領域も変わっているということを示唆しています。

行動経済学的にいえば、人間の判断(選択)というのは、イメージ、印象、もっというと雰囲気に影響されることがわかっています。

たとえば、高学歴で高収入だと、第一印象では割と無条件にその人のことを能力も高く、人格ももしかしたら素晴らしいのではないかと(何となく)思ってしまいますよね?

あるいは、自分の推しのタレントさんがCMに出ていると、あまり自分に関係のない商品であっても好印象で脳裏にインプットされるのではないでしょうか?

これは、行動経済学では「ハロー効果」といわれていて(「ハロー効果」の「ハロー」とは、日本でいう「後光が差す」という意味)、イメージや印象がそのまま性格や商品価値に結びつけられやすいことを示しています。

​人間は、基本的に真実は見えない(ようにできている)。

気分、感情…そうしたものが判断基準になっているのが、普通なのです。

ですので、たとえばガンなどの場合、そのガン自体がどうこうというよりも、いろいろなメディアなどから広く伝播された、これでもかという「怖れ」のイメージ、医療者などによる「威光暗示」などが何層にもその方の深層心理にあらかじめ埋め込まれてしまっているため、それを越えていくのは容易ではなくなっています。

現代は、こういった先入観やものの見方の偏り、いわゆる「バイアス」を無視することはもはやできなくなっています。

ただの「錯覚」で、自分自身を苦しめている方は本当に多いなと、セッションではそう感じます。

​そういったことも、体の条件以前にある、もっと深い領域を調整していく必要性があると思うようになっていった理由のひとつです。

時代

これからの時代。

あなたが今まで培った、主に過程、学校、メディアなどを通して醸成された価値観や常識は、どんどんと塗り替えられ、過去のものとなっていくでしょう。

そうなった時に、どう生きていくのか…と、多少不安になられるでしょうか?

カンタンです。

気にしなくなれば、それでいい。

気にならなくなれば、それでいい。

どんな時代になっても、生きている以上は変化はあります。

「いま生きている」ということは、自覚できないたくさんの条件により「生かされている」ということです。

「生かされている」以上は、生きていくしかありません。

世界とは、要するに「あなた」のこと。

「あなた」が世界を創っているのですから、どういう世界を生きたいのか、少し真剣に考え、そう行動していったらいいだけです。

どうせなら、瞬間を楽しみ、すべてを愉しんでください。

​そういう方を、僕は応援しています♪